平山郁夫美術館 『世界遺産 敦煌』 展 開会式

生口島のイベント

敦煌展

 初めて平山 郁夫先生が念願の 敦煌・莫高窟に訪れたのが昭和54年(1979)。。。
私が生まれたのも あら不思議の昭和54年。。。不思議なご縁を勝手に感じる (笑)
アトム電器 瀬戸田店 みのりや電業 田坂 文昭(40歳)です。
 

郁夫先生が初めて敦煌の地に降りたって40年目。東京藝術大学の最新テクノロジーと伝統的な技法を融合し、本物を超えたといわれるスーパークローン技術で1400年の時を超え見事に再現! 現地では、一般非公開で、もうみることができません。
それがなんと、現在 開催中 平山郁夫美術館 世界遺産 敦煌展にて、莫高窟の中で最も美しい 大変貴重な実寸の57窟が あなたの目の前で 体験できますよ~~~。
 日本の仏教文化の原点は、皆さんご存じ 奈良県 法隆寺。。。 そのまたさらに 源流を探求するべく、平山郁夫美術館さんへ 是非足を運んでみて下さいね~~。

世界遺産 敦煌展は、いよいよ 12月1日までの開催となっておりますよ。お早めに!
 さあ生口島の皆さ~ん 今年も残すところ後 数ヶ月 。 時間を大切に 毎月 お決まりの最先事項を優先しながら 積小為大で元気わくわくといきましょうや~ね!! 

57窟の紹介  (平山郁夫美術館 館長 平山 助成氏 記)

 法隆寺金堂には、12面の壁画がありましたが、昭和24年に火災により焼損しました。昭和42年に焼損前の絵に描く再現模写事業が行われました。兄・郁夫は3号壁画≪観音菩薩像≫(ロビーに複製原画を掲示しています)の模写に携わりました。模写したことにより壁画の描き方が、どのような経路で日本に伝わってきたか、確かめる海外旅行を昭和43年から始めました。昭和54年に敦煌・莫高窟に行き、金堂壁画の源流であることを確信しました。当時の莫高窟は荒廃しており、保存・研究して後世に継承するために「文化財赤十字構想」を提唱し、実行しました。
 各種の文化財を多くの人に見てもらう公開・展示することと、後世に継承するために保存することは矛盾することになります。名品を公開・展示を公開して常時、多くの人々に見てもらうために、本物そっくりの物を作ればよい訳です。その製作技法は東京芸術大学名誉教授である宮廻正明先生が考案されました「クローン文化財」です。複製をする絵画や仏像を高度な計測・分析技術と職人技で再現する手法です。「クローン文化財」の技法を用いて東京芸術大学で制作された敦煌石窟の第57窟を第2展示室に設置しました。石窟の大きさは実物大です。壁や天井に描かれた絵や安置されている仏像をぜひご覧ください。
 敦煌展は10月5日(土)が初日で、12月1日(日)までです。


莫高窟第57窟 主室西壁(現状)


 壁画は現地での調査と敦煌研究院が提供するデータから復元を行う。塑像は後世の修復が多く、また脇侍1体を欠損している。
このため復元制作にあたっては現状の模刻ではなく、制作当初の形状を考慮することとした。 (画像提供 :敦煌研究院)


(平山郁夫美術館 館長 平山 助成 記)

開会式

 

 皆様大変 大変長らくお待たせしました。

 

本日は、大変お忙しい中足を運んで頂きまして誠にありがとうございます。  只今より 『世界遺産 敦煌』展 開会式を始めさせて頂きます。

まずはじめに、公益財団法人平山郁夫美術館理事長で、尾道市長 平谷 祐宏が皆様に ご挨拶を申し上げます。

 

公益財団法人 平山郁夫美術館 理事長 尾道市長 平谷 祐宏氏 挨拶

皆さんこんにちは。ご紹介頂きました平山郁夫美術館 理事長の平谷でございます。 『世界遺産 敦煌』展の開会式に ご多用の中 このように多くの皆さんに、ご出席頂きまして大変ありがとうございます。 また平素は、美術館運営にご協力をくださいまして、この場を借りまして厚く御礼を申し上げます。

 さてこの度、東京藝術大学 そして、広島大学のご支援を頂きまして、中国新聞備後本社の共催で世界遺産敦煌展が開催されますことは、平山郁夫美術館に取りまして大変意義深い そしてこれからの美術館運営において大きな意味があります。 ご支援頂きました、広島県や尾道市  そして 各テレビ局や新聞社様。 本当にありがとうございます。
 平山 郁夫先生(1930~2009)は、日本画の源流を求めて、玄奘(玄奘三蔵)を訪ね シルクロードの各地を旅し、数々の作品を描いておられますが 平山先生の憧れの地である敦煌は、1979年(昭和54年)に初めて訪れられています。 著書の中で、「ついに念願の敦煌にやってきた。胸が高鳴り 分岐点から後数キロ、最後のポプラの木を植えた道を進むと名所山の山並みがハッキリと見え、砂… また砂…」 であると書いておられますが、北京から列車を乗り継ぎ、乗り物だけで70時間。 四日間がかりの旅でようやく辿り着かれたようです。 今、北京から敦煌まで飛行機で約3時間30分で着くことができます。

 先生はここで文化財保護の必要性を痛感され、遺跡を保存するのための活動にご尽力され、そして、それはライフワークである文化財赤十字活動に繋がっていくことになりました。

 東京藝術大学では、平山先生の思いを引き継ぎ 最先端のテクノロジーと伝統的な日本画の技術を融合し、スーパークローン文化財として『莫高窟 第57窟』を復元されておりますが、今回それを第二展示室に展示しております。

また、この展覧会では、映像を使用し敦煌を紹介しております。 これは、広島大学の敦煌学プロジェクト研究センターと大学総合科学部の先生方のご支援により実現をしたものでございます。
 第三展示室では、平山先生の敦煌を描いた、代表作である『敦煌三危』(とんこうさんき) そして、『敦煌鳴沙」』(とんこうめいさ)を展示しております。

(敦煌石窟九層楼)


 『世界遺産 敦煌』展は、本日から12月1日までの58日間 開催致しますが、多くの皆様にご来館頂き、平山 芸術に触れて頂くと共に、敦煌と日本を深く知って頂ければと思っているところです。 本日は、ご出席頂きました皆様方に心から御礼を申し上げまして開会にあたりましての挨拶とさせて頂きます。

広島大学 理事 副学長 佐藤利行氏 挨拶

 広島大学の佐藤です。 今日はこういった展覧会が開かれることを大変嬉しく思っております。 かつて日中国交の回復に尽力された大平正芳首相が、日本と中国の関係を考えていくうえで、これから気をつけなくてはいけない重大なことがあるとおっしゃいました。 それは、日本人と中国人がすごく似ている。よく似ているから却って誤解をしてしまう。  我々がこのように考えるから中国の人もこのように考えるだろうという風な考え方が これから日本と中国の交流において大きな障害になるということ。
 実は私、一昨日北京から帰ってきまして 日本でも報道されておりましたが、建国70周年のパーティーに招待をされました。 午前中は、軍事パレードに圧倒されて夜は市民も参加した大きな祝賀会がありそこで花火がありました。 我々日本人で花火というと風情を感じますが、中国の花火は、私の感想でいうと巨大な爆竹。 一時間大きな音と共に花火が上がりっぱなし。 そこから我々がイメージする花火のイメージではなかったです。 これもひとつの日本と中国の文化の違いかなということを感じました。

 平山先生は、日本のルーツを敦煌で見つけられましたが、是非 貴重な展覧会の中から共通点と同時に違う点、異なる点を発見してみてください。

東京藝術大学 特任准教授 並木秀俊氏 挨拶

東京藝術大学の方で、特任准教授として働かせて頂いております 並木と申します。 
 この度の展覧会に参加させて頂きまして誠にありがとうございます。 私は、学生(二年生)の時に、敦煌の土地に初めて訪れました。 今回 展示されている57窟は、既に一般観覧では絶対に見られない特別室の状態だったことをよく覚えております。

 それから巡りに巡って、このような形で 私がこのような立ち位置になっていて、この57窟の再現に携わらせて頂けたのは、平山先生が敦煌研究員の方々を約30年以上続けて藝大学部に受け入れをされていた、お取り組みがあったからこそです。 このような関係がなければ今回の57窟の再現は実現できませんでした。 というのも 制作に必要な、画像や3D計測のデーターなどは、大変貴重な物で 一切外部に出すことなどできません。 平山先生の繋がりがあったからこそ 今回実現できた物です。 このような機会に私が携わらせて頂けたのも平山先生 そして、平山郁夫美術館さんのおかげだと思っております。
 今回作成しました『スーパークローン文化財』 当初 私達が作ったのが、本物と同じということで『クローン文化財』と呼ばれていたのですが、最近スーパーという名前を足しました。 実は、本物を超えだしたという所があります。 それは、本物の57窟は、壁画は唐(とう)の時代(618~907)の物。しかし仏像は、秦朝(しんちょう)の時代(前221~前206)に 後世の手が多く入り直された物が入っております。 ご覧になった方は、判ると思うのですが、少し違和感を感じます。 それを我々は、仏像も唐の時代に合わせてみようということで、敦煌研究員の先生と一緒に「唐の時代はこうだったのではないか?」という仏像を再現してみました。 本物よりも より違和感のない石窟となっております。 是非そのような所も見て頂ければと思います。

(本物を超えた スーパークローン文化財)

後、少し暗い空間となっております。 というのも、実際に本物を模写された先生方も 暗い石窟内を、ライトを照らしながら描かれております。 そのような空間を是非味わって頂きたいという思いで演出をしております。
 それから、約一分間かけて、日の光を表現させて頂いております。 白い光から若干オレンジ色の光に変化させ、1400年かけて作られてきた敦煌を演出しております。 このスーパークローン文化財は、平山先生のご厚意がなければ絶対に実現できなかった物です。 是非 そういった所も、ご覧になって頂ければと思います。 

広島大学教授 敦煌学プロジェクト 研究センター 荒見 泰史氏 挨拶

 広島大学の荒見と申します。 日本におきまして敦煌といいますと、ラクダや砂漠などの観光地、、、その他に小説の敦煌であるとか、70年末から始まったブームに乗りまして、シルクロードのネーミングと共に敦煌のイメージを持たれているのではないかと思います。 このイメージというのは、中国の小学校や中学校では、違っていて敦煌は、『世界的な大画廊』 壁画の面積だけで45,000㎡です。 このような広大な面積の壁画が紀元でいうと4世紀の末から13世紀頃まで脈々と描かれております。
その他にも『敦煌文献』というものがございます。 六万点にも及ぶ膨大な文書群が莫高窟からでてきた(1900年)ということです。
 そのように中国では、シルクロードの一地点でもありますけれど何より、、、
中国の誇る 世界遺産を膨大に残している都市が敦煌ということであります。

 その二つのイメージを結びつけつつ、皆様に新たなイメージを持って頂きたいと思います。 そもそもシルクロードは、あそこを通らないと西に抜けられないというような非常に狭い山間の道並みが広がっています。 そこを 学問的には、『河西回廊』と申しております。黄河の西に広がる約900Kmに及ぶ幅100Km程度の平野でございます。 その河西回廊を地図で見ていきますと西に向かって転々と緑の道がございます。 その道を辿っていきますと、繋がっている一番最後の切れ間をすぎると それがもう砂漠で、そしてそこにある都市が『敦煌』なんです。 なので、極めて重要な守りの拠点であり中国への玄関口になります。 ですからそういった所には、巨大な王朝の繁栄を示すような施設が作られ、そういった中で できていったのが『敦煌の莫高窟』であったと考えられます。 紀元七世紀の唐という王朝の時に非常に国が発展しました。 その時に作られたのがこの度、『スーパークローン文化財』でも展示しております57窟です。
その最も美しく国が繁栄した時代の観音様を、皆様方に見て頂けるようになっております。

 もう一つ新たな観点として ご紹介したいのが「なぜ中国 シルクロードの玄関口に宗教遺産が作られているのか?」という点です。これは、最近の研究等で 西のはずれで地理的にも困難な地域の拠点であることから信仰心が強くあったと考えられております。
どのような信仰かと申しますと、今のところ判っているのが、山の信仰がかなり根強くあったのではないかと考えられております。砂漠で山などは、想像しがたいことですが 非常に目立った山が二つあります。
一つが鳴沙山(めいさざん)と呼ばれる砂の山です。 二つめが三危山(さんきざん)と呼ばれる岩の山です。 この二つの山が対比するかのように聳えており その麓にあったのが、漢の時代の拠点である敦煌の町です。 そこで山を信仰する施設が沢山作られていきます。 まだ発掘はしておりませんが、沢山のお墓も残っております。 漢の時代のお墓を見ますと山の描写が沢山あります。 それから後… 仏教が主流になっていき敦煌の遺産が残されていくわけですが、面白いことに かつて信仰された山の仏像が莫高窟の中に沢山残されております。

 そしてその山の美しさに惹かれていった方が 誰あろう?? 平山 郁夫先生とも非常に親交のある 煌文物研究所 初代所長…  そうです! 常書鴻(じょうしょこう)先生です。
 常書鴻先生が平山先生と奥さまを連れて、山に登って 「ここから見える三危山が一番美しい」と紹介をされ、平山先生もその山から見た三危山に感動をされて書かれたのが、この度展示をされている、

『敦煌三危』、『敦煌鳴沙』です。 ぜひご覧になってください。

 

 

てくばり仲間のボランティアグループ 社会福祉協議会所属『しまおもい健康生店ネットワーク』 小路 明美氏より。

世界遺産敦煌展、スーパークローン文化財の開会セレモニーに同席する機会となりました。古代の日本が遺随使や遺唐使を派遣してた頃の中国文化が今よみ返り手に触れることも目の前で見ることが出来るのも時空を超えた芸術といえます。

そんな美術館のある島、生口島はいいですね。

平山 助成館長さんが 直直に…

平山郁夫美術館 『世界遺産 敦煌』 展 開会式 動画


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